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主にある豊かな交わりの場 軽井沢バイブルハウス

Karuizawa BibleHouse

電話でのお問い合わせはTEL.0267-42-3626


軽井沢バイブルハウスの歴史・経緯

1961年〜 軽井沢キャンプの働きの発展   

その年の秋に、ステッカ兄姉は家族でドイツに一時帰国し、1960年の秋、ドイツで生まれた二男のギュンタを連れて再び日本に戻って来た。それから、改めて自分たちの住むべき場所について考え、祈りながら、軽井沢以外の別の地域をも調べたりした。けれど道は開かれず、かえって軽井沢キャンプの働きのためにもっと大きな家を建てたい、という願いと祈りがどんどん強くなっていった。

主のみこころと導きを求める中で、1961年の春、みことばを通して主の答えを確信し、次のステップに進んだ。ホサナホーム(家の名まえはあとで付けられたものだったが)の建築である。かつての小さな家は、同じ場所に大きな家が建てられることになっていたので、その時は解体した状態だったが、のちに少し改造して別の場所に移した。今のエマオホームがそれである。

その年の秋に三男フリードヘルムが家族の一員に加わった


1964年の冬に、ステッカ兄姉が今も住んでいる自宅が出来上がり、かつて住んでいた古い別荘は完全に使えなくなり壊されるまで、おもに男性の宿泊施設として用いられた。現ハレルヤホームの玄関前にある外水道は、その古い家のキッチンの名残である。

ホサナホームが建設されて数年後、キャンプ参加者が増えたこともあり、食堂が増築された。同じ年に、サレムホームも建てられた。(ホサナホームはさらに、1981年に東側の部分が大々的に増改築された)

その後、別荘であった三つの建物を、それぞれ三人の宣教師から買い受けることになる。今のベテルホーム、ベタニヤホーム、ナザレホームである。

ハレルヤホームは、東京在住のクリスチャンを通して、中古住宅を譲り受けたものである。東京で解体され、軽井沢で集会所としても利用できるように建て直された。

キャンプ場の建物一軒一軒にそれぞれの歴史があるが、どれもが主がこの働きのために備えられたものである。その建設資金は、おもにドイツから、特にステッカ兄姉のそれぞれの派遣集会である、ハイリゲンハウス集会とベルリンのホーヘンシュタウフェンシュトラーセ集会の兄弟姉妹からきた。今現在はドイツからの援助はほとんどなく、徐々に与えられてきた日本の諸集会の兄弟姉妹からの献金が施設全体の維持や改修に用いられている。


information店舗情報


軽井沢バイブルハウス

〒389-0102
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1016-45
TEL.0267-42-3626
FAX.0267-42-3626
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